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  • 2018.03.27 Tuesday
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Virgin Chi-Chi

生理前というのは不安定になりがちだ。体調も、精神も。

ホルモンの分泌でそのようなことになるといわれているけれど、もうひとつ大きな要因がある。来るのか、来ないのか?という不安だ。 妊娠することを望んでいない場合は、頭の隅っこでそのことを気に病み、望まない事態になった場合のシュミレーションなどしながら、その時期を過ごすことになる。

もう、予定の日は一週間ほど過ぎていた。 わたしの周期は比較的きっちりとしている方だ。こんなことは、滅多にない。

泣き出しそうになりながら検査薬を買いにいった、高2の夏を思いだす。陽性反応がでたときは、本当に泣いた。産むという選択肢は存在していなかったのに、妊娠していた数週間の間、わたしは母親の行動をとっていた。お腹をかばい、口にいれるものに神経をとがらせた。おかしな話しだけれど、これが本能というものなのだろう。

麻酔と、痛みと、虚無感と。あれから、予定の日を過ぎるたび、当時の記憶がフラッシュバックした。


覚悟を決めて、ドラッグストアへいった。期待にきらきらしながら買っていく女も沢山いるのだろうな、と思う。心なしか、年配の女店員が微笑んだように感じられた。わたしは曖昧に頭をさげて、そそくさと店を出る。

結果は陽性だった。
 
病院へ行くまでわからないし。 そう思ってみても、動揺は抑えられなかった。じっとしていることができなかった。

いつものバーに行った。心がざわざわするとき、他に行くべき場所が思い当らなかったのだ。

「いらっしゃい、いつもの?」

バーテンダーに訊かれ、はっと気づいた。ここは酒場なのだ。

「えっと、今日は、ノンアルコールで」
 
「え?」

「ちょっと、飲まない方がいいかもしれなくて……」

「どうしたの?体壊した?」

「ん、ちょっとね……」

心配そうな顔をしながら、バーテンダーは、「いつもの」チチをノンアルコールにできると言った。

「ヴァージン・チチって言うんですよ」

「ヴァージン、ね……」


本物と比べるといささか締まらない感じもあったけれど、これはこれで、甘くて美味しい飲みものではあった。優しい味だった。

バーテンダーは、それ以上詮索はしてこない。当たり障りのない話しをしてくれるけれど、わたしの頭はあのことでいっぱいなのであって、他の話しはすべてうわの空になってしまう。バーというのは、直接利害が絡まないからこそいろんな話しができる場所なのであって、今夜だって、胸の奥のもやもやを吐き出したいからこそ、わたしの足はここに向いたのかも知れない。
 
「あのね、わたし、妊娠したかもしれないの」

「!」

バーテンダーは絶句した。

「おめでとうございます、で、いいんですか?」

「んーと……」

わたしの微妙な反応に、彼も困り顔だった。

わたしはかいつまんで事情を打ち明けた。相手とは、結婚を考えるような間柄ではないこと。彼はついこの間、仕事のためロンドンに発ち、数年は滞在する予定だということ。まだまだ修業中の身で、子供なんて考えられないであろうこと。わたしとしても、彼の進む道の邪魔にはなりたくないこと。……でも、産みたいということ。

「なるほどねぇ……」

バーテンダーは遠い眼をした。男の立場で考えているのかな、とわたしは思う。深い関係ではない相手が妊娠して、産みたいだなんて。重、とか思っているのかな。そう、そう思われるのは本意ではないのよ。


「で、どうするんですか?」

わたしは唇を噛んだ。

「いや、まだわかんないですよね」
 
「ううん、産むつもり。」

バーテンダーは目を見開いた。

「マジすか?!海を渡って追っかける?」

「まさか。何も言わないつもり」

「え……」

バーテンダーは、珍しく、すこし熱くなりながらわたしを説得しようとした。離婚してシングルマザーになった、自分の姉の苦労話。物心ついた子供には何と説明するのか?知らぬ間に、どこかで自分の子供が生まれていたなんて怖すぎるし。そもそもなんでそんな都合よく、聞き分け良い女になろうとするのか?などなど。

それは、いちいちもっともだった。父親であるところの男性も、同じようなことを言うかも知れないな、なんて思った。 でもね、そういう事情を超えた、なんだかわからないエネルギーにぐいぐいと押されるのを感じるのよ。

笑みを浮かべつつも頑として譲らないわたしに、バーテンダーはついに根負けした。

「女は怖いっす」
 
「だね」
 
「気をつけますよ、俺も」

「いや、ほんとにね」


グラスがひとつ空になるまでに、人生がひっくり返るような決断をして、わたしは店を後にした。酔ってもいなければ、ヒールも履いていないので、よろめくこともない。



※これはフィクションです


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